7月25日(川入=山都=喜多方=会津若松=猪苗代=川上温泉登山口) 天候:晴
<ゆっくり休んだ後に喜多方・会津若松へ、そして磐梯山に迫る>

縦走の時とは違いこの朝は7時過ぎに起きた。早速朝食が出たので摂る。テレビがかかっており天気予報をやっていたが、福島県は浜通り・中通り・会津地方の3ブロックに分かれている。部屋に戻ってザックを整理し、ザックを下に降ろした。9時過ぎになると居間には東京から来た男性がいた。話をしているうちに彼はビール1瓶注文し、私にも注いでくれた。彼は他にも味噌等を結構買われたみたいで、勘定の時10000円以上となっていた。10時位に私も勘定してもらい、宿泊費1泊2食6500円とビール代220円であった。やってくれたのが何と中学生位の女の子で、まさに家族総出である。テレビではセブンイレブンのCMが流れていた。北海道の実家以来だ。ご主人さんであるおじいさんにも別れを告げ、東京の男性と共に川入のバス停へと向かった。民宿等が何軒か並ぶ狭い路地を行き、橋を渡った所の三叉路に丁度バス乗り場があり、バスが止まっていた。そしてもう一人山から下りて来た人がやって来た。バスに乗車する。

10:35に発車、間もなく未舗装路となる。運転手さんが飯豊についてバスを走らせながら語ってくれた。「なぜ御西岳~(飯豊)本山~三国岳の稜線部分だけが福島県になっているか。それは信仰の山だからその部分は譲れないからだと福島県は主張した。その時県境決定においてかなりもめたとか。」、あと上段の道・中段・下段についてや「川入からの登山路をなぜ直さないのか(地蔵山~三国岳が危険等)、自然保護や環境庁がうるさいから。」、「山形側は小屋等すべてに力を入れていて人が多くなってきている。いくら福島側が「本家本元」だと言っても仕方ない。それに山形にも新幹線が通って交通が便利になったがこちらは通っていない。」、「川入は渓流・山菜のために来ている人もいる。」とか。あと積雪は川入の下の方で1mにもなり、山の上は2~2.5mだという。

運転手さんのお話には感動してしまった。時々ダンプと無線で交信していた。擦れ違いの関係である。舗装路となり、やがて一ノ木という集落に入り、バス停も多くなり、人も乗ったりする様になる。そしてバス車内のアナウンスも普通のバス路線の様にかかり始める。いくつか集落を過ぎていよいよ山都町の中心部へと入る。11:25に山都駅に着いた。運賃860円+荷物料となるが、つり銭の関係で1000円となった。駅で列車に乗り換える。バスに乗っていた川入からの登山者2人もいる。喜多方は山都の次の駅である。だが区間距離も結構あり、運賃は310円である。正午位に喜多方に着き、登山者と別れを告げた。

駅から下りると何とびっくりしたというか、東北の太平洋側の県で最も南に位置している福島県にもかかわらず、北海道や新潟県にあるのと同じ縦長の信号機があるではないか。それも駅前交差点の四隅全部である。しかし気候は新潟県寄りで積雪量が多いからであろう。ザックをコインロッカーに預け、早速レンタサイクルを借りた。そして教えてもらった「源来軒」を目指した。主な通り沿いにあるのでわかりやすかった。自転車置き場に止め、店内に入ると2階に案内された。人は多かったが、並んでいる訳ではなかった。もっとも平日だという事もあるが。ねぎラーメン(大盛り)を注文した。丸い卓袱(ちゃぶ)台がいくつかあり、それぞれに座っていた。ラーメンが来たが、思ったより早かった。麺はちょっと平べったさがあった。味の方は申し分ない、とにかく旨かった。お店の外に「元祖」と掲げているだけはあったと思った。同じテーブルには東京から来た人がいた。充分に食べてお店を出る。外にはバイク2台も止まっていた。市街地は確かに蔵が多い。蔵型の会津信金の建物まであるのだから。

今度は「べろせんべい」のお店に寄る。店内で実演をしていて中に旅行者がいた。網の上で焼くと「べろ」の様にせんべいが伸びるのだ。そうやって焼いて初めて食べられるのである。焼く前のは硬くてとても食べられるものではない。江戸時代と同じ製法なので冷蔵庫で保存はできないという。私は10枚入り2箱買った。あとは適当に市街をぐるぐる周ったという感じだ。磐梯山登山口にある川上温泉ホテル寿に改めて問い合わせたが、1泊13000円で17時までに来なければならないという。そこには旅程前にも問い合わせしていたのだ。やはり料金も高く山に登るには色々制約があり、考えた末に何と登山口もしくは途中でビバークする事に決めたのだ。そうすればこれから会津若松にも行く時間ができるし翌日早く出発できる。それから市内のセブンイレブンで買出しをした。この日は暑く、ウーロン茶のペットボトルも買った。あと市内に本田のスーパースポーツカーNSXが走っていたのだ。この車は800万円(当時、AT車は60万円高)もする。15時位に自転車を返し、コインロッカーからザックを取り出した。列車に乗り、今度は会津若松へと向かう。

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会津若松に着いたらここでもレンタサイクルを使う事にした。駅前ではなく3分位歩いた所にある。喜多方程時間がある訳ではなく行く所が限定される。まずは鶴ヶ城へ向かった。城内に行くが、武徳殿というのがあり剣道が行われていた。本丸の方に進むが、閉館17時には間に合い入場料を払って天守閣に入った。ここは撮影禁止だった。刀剣や鎧・資料等が豊富に展示されていた。最上階には展望台があり、例によってお金を入れて見る望遠鏡があった。飯盛山が望めたが、そこには時間がなくて結局行けなかった。ただお城は建て直されたものだけあって昔ながらのものではなかった。お城を出てからは駄菓子屋で駄菓子を買ったりした。4車線の東バイパスに出たが、やはり縦長信号が多かった。これから目指す磐梯山も望めた。均整の取れた山容だ。時間もなくなってきたので自転車を返し、駅へ戻った。

 

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18:11発の列車で猪苗代へ向かう。18:47に猪苗代駅に着き、そして19時丁度発の磐梯高原行きのバスに乗った。猪苗代町内のある商店に何と日糧パンのスワンマークの看板があったのだ。この看板は北海道内の商店によくあるやつで、それと同じものである。北海道のパンメーカーがここまで来ていたとは。もちろん町内にはセブンイレブンもあった。市街地を離れ、出発して18分後に川上温泉に着いた。バス停のそばに「磐梯山川上登山口」と書いてある標識があり、温泉神社があった。民家はいくつかあったが、いわゆる温泉街の様に大きくはなく、車が通る以外は寂しい所だ。壊れた民家もあったが、結局果敢にも神社でビバークする事にしたのだ。ツェルト用ポールを忘れたが、雨も降っていない事なのでツェルトを敷いてその上に荷物・寝袋を置く事にした。又、ツェルトの一部を更にそれらの上から覆える様にもした。とりあえず晩御飯はセブンイレブンのおにぎりやパンを頬張る。食べ終わればあとは寝るだけだが、こんな泊まり方は今まであっただろうか?すぐには寝付けない。何せ青空ビバークですからね。翌日は朝早い。あと22:25頃静かな中にいきなり「ピーポー・・・・・」救急車が通過したのだ。

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