8月18日(伏美岳避難小屋~林道入口(途中からヒッチハイク)~美生=芽室=山部) 天候:くもり
<一気に芽室に出て温泉に入る、一路芦別岳山麓の山部へ>

寒いのか、あるいは疲れたのか寝起きが悪かった。6:20頃にようやく起き、朝飯はα米を水で戻したお茶漬け(?)とした。それにしても動きが鈍い。登山口に着いて気が抜けたのも一因か。それでも何としてもこの日のうちに下界に戻らねばならない。9:10にようやく小屋を出発した。登山口の方に戻ってみたが、平日だからかあれだけの広い駐車場に車1台も止まっていなかった。

9:20に出発し、下界への旅立ちの林道歩きが始まった。しばらくは沢からも高い所にある斜面に沿って行く。途中野ウサギが現れた。薄茶色っぽい色をしていた。出発して1時間近くして林道分岐に着いた。地形図を見るとここから本線の車道に合流するまでに渓谷橋と渓流橋という2本の橋を渡る事がわかった。左手の林道を進むとジグザグにカーブを描き、高度を下げて沢に近づいて行く。下り切って1つ目の橋である渓谷橋を渡った。しばらく渓流沿いとなる。向かいから営林署の軽自動車が来た。私の前で止まり「登山者ですか」と尋ねてきて私が「はい」と答えると過ぎ去って行った。その後に同じく営林署の小型四駆(ダイハツ・ロッキー)も後に続いていた。そうしているうちに渓流橋を渡った。本線の車道まであと僅かだ。

3分程で本線である車道に出た。この車道は舗装路で、大型トラックも行き交った。林道の入口には案内板があり、この近くに美生ダムがある事もわかった。これは手持ちの地形図には示していなかった。小休止しているうちに先程の軽自動車が戻って来た。11:10に出発、1.5車線程の幅の舗装路をたどって行く。10分程でT字路を通過した。左側を見ると美生ダムが見えた。その方面には行けない様になっていた。少したどって行くと美生川が車道に迫っており、緩やかな流れになっていた。

更に10分程歩くと戻って来た営林署の小型四駆が止まった。何と乗せてくれるという。11:30過ぎの事だった。それで麓の集落である上美生に向かった。道新のガイドブックによるとピパイロとはアイヌ語で沼貝・カラス貝が多いという意味で、美生という字を当てていたが、現在は山以外「びせい」と読む様になったという。又、乗せていただいたおじいさんの話によるとある高校生が小グマを黒犬の子と間違え後でヒグマの子と教えられると真っ青になったという。更に北日高のクマは向こうから逃げて行くのでそれ程でもないが、中・南日高のクマは凶暴というか残飯の味を覚えているので近づいてくるとの事である。車道は途中1.5車線から2車線になり、伏美仙峡の近くを通った。

丁度営林署の事業所の近くである上美生橋手前で下ろしてくれた。橋を渡ると緑豊かな上美生中心部へと入り、とりあえず下界に戻る事ができた。途中「かみびせい共和国」の横を通った。歩道はしっかり整っていて道が広い所が北海道らしい。Aコープに入り、パン・チーズ・メンマを買った。Aコープを出てそんなに経たないうちに地元に住んでいるというおじいさんが新嵐山まで送ってくれるといい、送ってもらう事にした。車はエテルナΣで、フェンダーミラーで年季が入ったものである。彼は76・77歳を過ぎたともいい、運転もゆっくりで無理をしていない様だ。走っているうちに新嵐山まで来たが、結局芽室まで送ってくれるという。市街に温泉浴場があるとの事だ。美生の集落を過ぎれば市街地は近い。

JR根室本線のアンダーパスをくぐり抜けると間もなく温泉浴場に着いた。スーパー銭湯&温泉鳳乃舞で、ここから芽室駅は5本目の信号を左に曲がってすぐだという。ここでしっかり山の汗を洗い流す事になろう。そして送ってもらったおじいさんとも別れた。外観はコンクリート打ちっ放しで天井にいくつか三角の展望窓があった。交差点の斜め向かいにはセブンイレブンがあった。ついに道東・帯広地区に進出した様だ。ここ1・2年だろうか。3年前東大雪へ帯広からアプローチする時はまだなかった。更に東の方に200mほどの所にはローソンがあった。温泉の入口の近くにザックを置き、上美生のAコープで買ったパン等で腹ごしらえをした。その時入口から2・3人の女性が出て私に尋ねてきた。私はこれまで北日高の縦走をしてきた事を話した。

13:45頃いよいよ入口から入り、2階に上がった。ロビーには大きなテレビがあり、近くに自動販売機があった。又、大木の一部が飾られていた。入湯券を自動券売機で買う。入浴量はまさに銭湯並みの360円で、サウナマットは20円だった。これはサウナに入るのに必要だという。計380円で券を買い、入口のフロントに出して脱衣場に向かった。風呂はさすがに「スーパー銭湯」というだけあって立派なもので、ジェットバスをはじめ様々な浴槽にサウナ、そして露天風呂もあった。しかも温泉である。これらにゆっくり浸かり、山の汗と疲れを流した。山の後の温泉にしては豪華過ぎる程のきれいなもので、2時間位はいた。

16時前には外に出てローソンで飲み物を買い、セブンイレブンで弁当を買った。これらは晩飯と翌日の飯で、芦別岳登山に備える。尚、豆電球は売っていなかった。西へ向かい、5本目の信号の交差点から芽室駅はすぐだった。過度にあるスーパーフクハラでお菓子とビールを買い、更に近くの電器店で豆電球を2つ買った。駅前に観光案内版があった。ちなみに元横綱大乃国関はこの町芽室出身である。彼は現役時代体重が最高200kgを超えている程の巨漢横綱だった。案内板を見ると彼の生家が美生にある事がわかった。縦走の帰りに近くを通った事になる。

18:26発のワンマン列車(1両編成)の快速で富良野の方へと向かった。その中で晩飯とし、ビールを飲みながらくつろいだ。新得を過ぎ、狩勝峠の下をトンネルでくぐって行く。もうすっかり夜になった。20:10頃富良野より2駅手前の山部駅に着いた。2時間近くの列車の度だった。天井の高い待合室に1人の若い男性がいた。彼は北海道にバイクツーリングで来ていて、神戸から来たという。又、27歳で小学校の先生だという。私同様ここでSTB(ステーションビバーク=駅泊)する人がいたのだ。私はこれまで何回かSTBしてきたが、他の旅人と一緒になるのは初めてであった。又、私にとって初の北海道でのSTBであった。

21:30に中高年の女性が駅舎に入って来た。彼女は大阪の方から来たといい、16日に幌尻岳に単独で登り、その後日高からバスで移動し今日芦別岳に登って来たという。そして駅のそばにある旅館やまべに泊まっているという。又、息子さんは2人いらっしゃるという事で上の方は北大を卒業したと言っていた。そしてしばらく3人で語り合った。終電は21:56と早い。彼女はこれだけの人がいるなら駅泊すれば良かったと言ったが、当初は何かあったら困るから旅館に泊まったという。22:30頃に彼女は旅館の方に戻って行った。残る2人も寝る準備に入った。22:50に待合室が自動的に消灯し、私は23:30近くに寝た。