8月15日(盛岡=八戸=苫小牧=富川=振内=額平川林道車止め~取水ダム~幌尻山荘) 天候:くもり
<第1行程、幌尻岳への沢を遡るアプローチ、まずは幌尻山荘へ>

前日14時過ぎからICI(石井スポーツ)やスーパーで買出しに行き、アパートに戻って16:30頃から最終パッキングをした。そして18:35盛岡発の特急「はつかり」の自由席に乗る。時期が時期だけに満員であった。私は廊下に居所を構え、ローソンで買った弁当等で晩飯とした。19:45に八戸に着き、下車した。フェリーターミナル行きのバスは直接ないという事であり、八戸市中心部で一旦乗り換える事にした。

19:57発のバスで向かい、20:20頃三日町に着いた。運転手さんが接続バスを調べてくれて教えていただいた。近くにある後ろ側のバス停に行き、20:30のシルバー病院行きのバスに乗った。八戸の地図は大体把握していた。フェリーターミナルに近づくにつれ周りの様子を懸命に把握しようとした。陸橋が近くに迫った所の「本浜名谷地」で下車した。フェリーターミナル手前にある陸橋を目印としたのだ。すかさず道路を横断して陸橋沿いに出て駆け足でフェリーターミナルへと向かう。21時までに何とか着きたい。

バスを下車して10分程度でようやくフェリーターミナルに着いた。最初に乗ったバスの運賃が310円で、次に乗った方が260円であった。駅からフェリーターミナルまで500円以上かかったのだ。ちなみにこの年はローソンが47都道府県制覇したというが、八戸にはまだ来ていなかった(現在はもちろんございますが)。サークルKは多く、更にミニストップまであった。フェリーターミナルはやはり多くの人で賑わっていた。窓口で乗船券を買い、10分程後に苫小牧行きフェリーに向かい、乗船した。乗船料金は学生で3180円だった。これまで帰省で北海道に戻る時はもっぱら夜行列車で、今回の様にフェリーに乗船するのは初めてである。フェリーは東日本フェリーの「べが(VEGA)」である。船内には売店・食堂・ゲームコーナー等があり、二等室はまさに満杯だった。団体様の場所が確保されていたからだ。展望室へ入り、何とか自分の場所を確保した。毛布貸し出しの放送があり、210円で借りた。船はかなり揺れており、具合悪くなりそうだ。23時過ぎに横になった。

翌日になり、6時頃起きると間もなく下船準備に入った。次々と並んでいく。そして6:30頃下船した。フェリーターミナルの外に出てバス乗り場へ向かう。何とここから札幌へ直接向かうバスもあるというのだ。フェリーターミナルへのバスの接続の悪い八戸とは大違いだ。苫小牧駅行きのバスに乗ると少し行った所で片側4車線の道路に出た。産業道路といった所か。そして市街地に入り、6:53に駅に着いた。富川に向かう列車の発車まで1時間半位ある。近くのローソンで朝食を買い、駅の中に入った。それにしてもこの時期にしては涼しい。Tシャツ1枚では寒い位だ。ベンチに座り、朝食を摂る。待合室には他にも登山の格好をした人が何人かいた。やはり日高の山に登るのだろうか。

発車時刻が近づいてきたのでホームに向かい、8:21発のワンマン列車で一路日高本線を進んだ。9:08に富川に着き、900円払って下車した。ザックカバーを付けた登山者と見られる男女2人を始め、何人かがバスを待っていた。9:23発のバスだが、3分程遅れて来た。バスに乗り富川市街を抜けてから国道237号線を北上する。かつて富内線という日高町まで行く鉄道があったが、11年前に廃止され、バス運行となった。平取を通過し、途中二風谷という所で何人も降りた。その中に登山者と見られる男女もおり、結局彼らは旅人という事になる。車内に残る者は一気に少なくなった。

10:20頃に終点の振内案内所に着いた。かつての駅があった所でそばには鉄道記念館があった。実は同じ幌尻岳を目指す者がいたのだ。私を呼びタクシーを相乗りしようという事だった。折角誘ってくれた事ですし、手早くアプローチをしたいと思い、相乗りする事にした。私はバスの運転手さんが両替に近くの郵便局に行っているのを待ち、その間に彼は近くにあるタクシーの営業所に先に向かった。運転手さんが戻ってきてから運賃を払い(1270円)、私も向かった。国道に出てすぐに振内ハイヤーの営業所があった。振内という所にタクシー会社があるというのが素晴らしい。車庫の奥には何枚か大写しにされた幌尻岳の写真が飾られており、窓の奥の居間で家族がテレビを見ていた。向かいの売店にも寄った。そしてトランクに荷物を積み、中型タクシー(しかない)で出発した。11時頃であった。

振内より数キロ日高町側に進んだ所で右折し国道を外れる。初めは舗装路だが峠道に結構ダートが残っていた。豊糠という最奥の集落が見え、舗装路となった。ここまで10km余り、舗装路も長くは続かない。そこから先はダートで狭く、右手には深い谷を刻みその下には額平川が流れているのが見えた。途中三重ナンバーの車と擦れ違った。幌尻岳は山深いとはいえ百名山だけあって全国から登山者がやって来る。ちなみに便乗したもう1人の男性は名古屋からだという。途中小さいギャップを通過した時は思いっ切り車がガツンと跳ねた。

振内から約40km程、11:45過ぎにようやく車止めゲート手前に着いた。料金は10980円で、名古屋の男性が6000円出してくれて私が残りを払った。彼は翌々日の帰りの分も予約した。車を止めるスペースが狭いのか林道脇にも何台か止まっており、それが橋を渡った振内側まで続きざっと13台もあった。山奥とは思えない位だ。昼食としたが、内容はフランスパンにチョコクリーム・そしてチーズだ。山から引き揚げて来たパーティーもいた。出発する前に名古屋の男性に取水ダムから先の履物について尋ねた所、沢登りである事を知らずに来たらしく首をかしげていた。

12:20出発、私にとって実に久々の北海道の山だ。大雪縦走以来となる。ゲートはすぐで山側から「通り抜けた。途中大きな石が落ちている所があった。2人の男女が下りて来た。そして1人の男性も下りて来た。何とオフロードバイク1台止まっていた。ゲート脇の隙間を抜けたのだろう。この先には大決壊して沢が横切っている所が2か所あった。さすがにバイクでも通れなかったか。

13:40過ぎに取水ダムに着いた。いかにも沢登りという格好の4人パーティーがいた。彼らは札幌からで、幌尻岳の後は七ツ沼カールから新冠川に出て沢を詰めてエサオマントッタベツに登り、それから帯広側に下るという。私も登山靴をしまい、地下足袋に脚半に履き換えた。そばには北電の殉職者の碑があった。地形図にある石碑の記号はそれだろう。4人パーティーの他に何人か出発した。

私も14時過ぎに出発した。ダムのコンクリートの堰堤から1m位飛び降り、右岸に出て歩いた。川の流れは速く水量も多いので注意しなければならない。タクシーの運転手さんによると2日前にやっと車が入れる様になったという。それまでは天気が悪く、沢が増水して危険なので登山禁止になっていたという。ちなみに彼はこれまで10回位幌尻岳に登ったという。踏み跡や沢は所々印が付いているのでそんなに迷わないが、今回は増水しているのでこの先にある函付近の通過が問題だ。

すぐ前に進んでいるパーティーが大きく高巻くという。私も付いて行った。話によると第一渡渉点は胸まで沢水に浸かるという。4人の沢登りパーティーがザイルを固定し、私もそれにつかまって登る。急斜面なので気を付けて行く。あとは林の中のブッシュをなぎ倒しつつ前進する。しばらくして急下降となり、次々と降りて行く。登山靴ならまだしも急な土壁を下るのにわらじを付けていない地下足袋では滑って危険だ。木の枝につかまって何とか確保するもの、はっきり言ってにっちもさっちも付かない状態であった。しばらくするとザイルが下ろされた。ザックを背負っていてはなかなか身動きが取れない。そこで「ザックを下ろせ」という指示が出てザックを下に落とした。そして一歩一歩ザイルにつかまりつつ何とか下り切った。15:20過ぎだった。

かなり大きな滝がすぐ横に落下していた。それが洗心ノ滝であろう。15:30近くに出発、そこからは高巻きはなかったもの、けい10回位渡渉があった。歩ける所まで歩いて対岸にある印を確認して渡渉、最も深い所では腰まで浸かった。長く渡渉する時は沢の中に出ている大きな石につかまりつつ三点支持で一歩一歩転ばない様にして行った。つかまるものがない時は一気に勢いを付けて行った。なかなか小屋に着かない。履き慣れていないもので行くので進みは遅い。皆先に行ったみたいだ。そしてようやく対岸に小屋が見えた時はほっとした。

最後の渡渉をし、間もなく16:40頃に幌尻山荘に着いた。何分初の沢歩きであった。しかし演習する時間が足りなかった。だがこの時のために前々から履物を揃えてみた。私より後に来たパーティーもいた。山荘は三角屋根の2階建てで立派なものである。トイレは外にあり、近くに何張かテントが張ってあった。少し休んでから山荘に入った。小屋の中に流し台があり、水が引かれているのが素晴らしかった。階段を上って2階に行くと私と相乗りした名古屋の男性が待っていて、私のために場所を取ってくれた。小屋はこんな沢の状況にもかかわらず全部で30人程いた。小屋の中はストーブが焚いてあり暖かかった。山荘へのアプローチが沢歩きという事を事前に知らないで来てやむなく登山靴を濡らしながら歩いて来た人が少なくなかったという。百名山でありポピュラーだから甘く見る傾向があるのか。

そして夕飯としたが、名古屋の男性が私にサッポロクラシックを差し出してくれた。タクシーの営業所の向かいにある商店で購入したものだ。山荘の中は宴会場と化していた。後で宿泊費1000円を払った。山荘の管理人さんが全員に対し注意すべき事や情報について話した。これによると高巻きはしない方が良いという事や、「ゴミをきちんと始末すればクマは出ません!」という事と、お天気はこれから回復して沢の水も翌日になれば引いていき翌々日になればもっと引いていくという事だった。それから沢歩きで濡れた物を備え付けのロープに干していった。周りの方々が次々と眠っていく中、向かいにいる2人の男性に話しかけられた。彼らはそれぞれ札幌と旭川から来たという。しばらく話に付き合い、そして私も寝た。しかしそれから凄い人が22:30頃に山荘に到着したという。話によると彼らはお偉いさんだそうだが、こんな真っ暗な中命ノ泉まで行って来るは皆寝ている中回りを考えずに飲んで騒いだとか。これらは翌朝に聞いたもので、私などもうとうに寝入っていたのだった。

<地図・3D図・行程断面図>