8月16日(幌尻山荘~幌尻岳~七ツ沼カール~戸蔦別岳~北戸蔦別岳~ビバーク地点) 天候:晴
<第2行程、ついに幌尻岳へ、七ツ沼カール・戸蔦別岳を経て更に北上する>

4時前に起きるが、周りは早くから起きて動いていた。早速朝食とする。水の方はステンレス魔法瓶は命ノ泉で汲むために空にしておくが、稜線上でのビバークのために2lペットボトル2本は満たした。小屋の中で水が汲めるのは便利でありがたい。早くも4:30頃から次々と小屋を出て行く様子だった。山の朝は早い。私も支度を済ませて小屋を出た。前日まであったガスが晴れ、稜線の方まで見えた。ザックを背負い、5時には出発した。

いきなりジグザグな急登で小屋を背にぐんぐん登って行く。ある程度高度を稼いだらジグザグも緩やかになり、道の傾斜もやや緩くなる。男性2人に抜かされたが、彼らの装備はサブザックで軽い。そもそも幌尻岳へはたいていザックを小屋に置いていき、このコースの往復か戸蔦別岳を含む周回コースを取る人が多い。私の様に縦走して行く人はあまりいない。6:20過ぎに程良く登った所で休んでいる人がいた。ここが命ノ泉の入口で、私もザックを置いてステンレス魔法瓶を持って行く。左手に1分程山腹をトラバースして行くと岩肌に水が伝って流れている所に出た。私がかつていた高校の山岳部の記録では3年前は8月上旬にもかかわらず涸れていたという。今回は8月中旬でも溢れんばかりの勢いで水が出ていた。この冷たく旨い水を満たして戻る。今年は台風が多くそれだけ多くの雨が降ったためこの時期でも滾々と水が溢れ出ているのだろう。それにしても前日深夜にここまで水を取りに行った人は凄いものだ。

更に登って行くと緩やかな尾根道となり、展望が広がった。左手には広大な北カールが見え、流れる沢筋に日光が反射して光っていた。まさに別天地といった所で、テントサイトとしても格好だろう。それだけにクマにとっても居心地が良さそうであり、注意しなければならない所だ。更に行くと右手には眼下に幌尻湖が望めた。幌尻湖は奥新冠ダムをせき止めた湖で、下流には更に大きな新冠ダムがあり、逆に上流に遡って行けば七ツ沼カールに出る。そして命ノ泉までの急登で抜かされた男性2人に追い着き、やがて追い越した。早くも頂上から戻って来る人がいた。その一人に「あと10分ですよ」と声をかけられ、少し進むと新冠側の幌尻湖からのルートとの分岐を通過した。標識はなかったが幌尻湖方面にペンキ印が続いているのがわかった。頂上付近は石が多く、ペンキ印が付いていた。

一登りし、8:20過ぎにやっと日高山脈最高峰である幌尻岳の頂上に着いた。空は青く、下には雲海が広がりその上に山々が広がる360度の大展望だ。北側はこれから目指す戸蔦別岳・北戸蔦別岳、そして一際目立つ無名峰1967m峰、屋根の様な形のピパイロ岳が望め、更に向こうには表大雪・十勝連峰・石狩連峰が雲の上から覗かせているのが望めた。更には夕張岳やこの縦走後に登る芦別岳も雲の上から覗かせていた。南側に目を移すとピラミダルなエサオマントッタベツ岳やカムイエクチカウシ山、更にはヤオロマップ岳や1839m峰といった中部日高の山々が望めた。これまで大雪を縦走してきたが、旭岳・トムラウシ山・十勝岳はいずれもあいにくガスっていて展望が利かなかった。それだけに北海道の高山でのこれだけの大展望に一層感動できた。

うまくいけば高校時代の90年に行けたかもしれないし、大雪山系の石狩岳~十勝岳の縦走を行った94年にも行ければと思っていた。その年にたまたま私がいた高校の山岳部で幌尻岳に登ったといい、何とその中には交流できなかった私より1つ下の学年であるOB一人がいた。私は残念ながら高校をやめてしまったが、その後に入部した何人かの一人である。それがここまで遅れてしまった。ようやくの感が強い。頂上にいる人も代わる代わる来ては去り、数人は大展望を楽しんでいた。その中に4人パーティーがいて、彼らは奥新冠ダムの方から登って来たという。その一人が奥新冠林道のゲートに原付が通れる程の穴があると言っていた。まともに新冠発電所のゲートから林道を歩くのに半日がかりである。このルートは登山道がしっかりしているので林道歩きさえなければ最も頂上に近く易しいルートとなるのだが。

私は例によって「ザック挙げ」を行い、証拠写真を撮ってもらった。その後に4人パーティーが「百名山達成!」と書かれた手作りの幕を掲げてポーズをとった。私もこのポーズを自分のカメラに撮らせていただいた。この山の交通の不便さは「日本百名山」の中でも屈指でしかも東京から遠い。故に後まで登り残し、最後の山となろう。他に南アルプス最南端の光岳も最後に登られる人が多いという。私が頂上に着いて約40分後、9時過ぎにようやく前日タクシーに相乗りした名古屋の男性が頂上に着いた。彼はこの後山荘に戻ってもう1泊し、翌日あらかじめ予約したタクシーで振内に戻り、更には襟裳岬まで行くという。私もかれこれ1時間位頂上に居座った。そして肌寒い。名古屋の男性に別れを告げ、9:20過ぎに頂上を後にした。

戸蔦別岳に向かって北上して行くが、稜線の歩ける所をとことん歩いて行く。頂上に登って来る者は何人かいたが、その内の一人が七ツ沼カールから来たという。しばらくは前方に幌尻岳の肩を見ながら緩い尾根道を下って行く。この時はまだ七ツ沼カールは肩で遮られて見えない。肩からは急なジグザグの下りとなり、右手にはいくつもの沼がある七ツ沼カールが見えてきた。下り切って緩やかになった所を少し行くとカールの南側降り口の様だ。10:15近くだった。ガイドブックによるとここからカールに下るのは急坂でなおかつ危険であると書かれていた。それで尾根沿いにまっすぐ進もうとしたが、いきなり猛烈なハイマツのブッシュで非常に進み辛く、すぐ引き返してカールへ下る事にした。カールを前方に見ながらジグザグに一歩一歩進んで行くが、思ったよりも怖くて危険ではないと思った。ここは残雪がある時が危険という事だが、時期が時期だけにすっかり解けてなくなっていた。

そしてようやくいくつもの沼をちりばめた原始郷七ツ沼カールの底に降り立った。10:30過ぎだった。辺りの様子を窺ったが、クマの気配は感じられなかった。そうして休憩し、大きな沼のほとりで三脚とセルフタイマーを用いて証拠写真を撮った。少し進んで行くと乾いた土がむき出しのキャンプ跡に着いた。ここでテントを張る人も多いのだろう。更に行くと沼に注ぎ込むであろう沢があり、その水を飲んでみた。とても冷たく旨いもので、まさに「原始の一杯」といった所か。そのそばで昼食とした。誰もいない静寂な空間で時間が流れる事さえ忘れそうになりかねない。だが先を行かねばならない。

11:30近くに出発、辺りを見回し登路を探した。そしてようやく緑のハイマツ帯をジグザグに行く道を見つけた。南側から遠くに人の声が聞こえたので「ヤッホー」と叫んでみるとやはりその方から「ヤッホー」と帰ってきた登っているうちに何と1人の男性がカールに降りて来た。彼はカールで泊まるのだろうか。稜線に戻るが、この辺りから額平川源流が遥か下に望めた。戸蔦別岳への登りにかかるが、ガスが西側の斜面から昇ってきた。急坂を一気に登り詰めると12:20に戸蔦別岳の頂上に着いた。ここは山荘の管理人さんの注意にもあった通り頂上標識はなく、木の枝に赤テープが付いていた。注意でもあった通りコンパスで「北西の方向」を確認した。ここから東側に戸蔦別川からの踏み跡があり、そこに迷い込まない様にしなければならない。又、その木の枝は進行方向にあった。風はほとんどない。

12:30過ぎに出発、ここから先は国境稜線になる。日高地方と十勝地方の境界で、かつてはそれぞれ国と呼ばれていたからだ。更に進んで行くと岩混じりの稜線になった。右手には急斜面の底に戸蔦別Bカールが見え、更に耳を澄ませば沢音が聞こえた。緩やかな尾根道が続いたが、やがて13時近くに「幌尻山荘おり口」と書かれた標識を通過した。ここが1881m峰分岐で、山荘から周回コースで来た人はここから左手に降りる事になる(逆コースだとここから登って来る)。

私は更に国境稜線を北上するが、これより先ピパイロ岳までは山渓のガイドブックでは紹介されていない区間である。道新のガイドブックでは参考程度であるが紹介されており、私はそれを参考にした。とはいっても幌尻岳周辺に比べれば情報が少ない事には変わりない。これまでと同様の尾根道が続く。ガスが更に昇ってきたので展望が利きにくくなり、右手の戸蔦別Aカールの様子がいまいちわからない。ただ急斜面の下にあるのは確かな様だ。計画当初はここに下りてビバークする事も考えていた。緩い登りを行くと13:30過ぎにようやく北戸蔦別岳の頂上に着いた。ここもやはり頂上標識がないが、赤テープによる印がありそれが日高町側とこれから目指すピパイロ岳側、来た道である戸蔦別岳にそれぞれ続いていた。計画当初はここまで1日で来れればと思っていた。まだ先を行く次官があるので進む事にした。

14時過ぎに出発、少し行くと低いハイマツや低木のブッシュが現れてくる。しかも踏み跡が狭い上に道が左右方向に水平でないので斜面をトラバースする感じで歩き辛かったりする。もちろん向かって来る者などいない。黙々と進んで行く。時折すっきりした道も現れたりするが、再びブッシュで歩き辛い道に戻る。ブッシュの丈が低く緩やかな道であるのが救いか。1856m峰付近は岩峰地帯で正面に1967m峰が見えてくる。特に南面のひだを伴った山容は圧巻であり、威厳が感じられる。テントを張れそうな様子がないのでまだ先を行く。時計も16時を回った。そしてようやく縦走路沿いで右側が幾分平らでテントを張れそうな場所を見つけた。ここでテントを張る事にした。左側は丁度高いハイマツが生えており風除けになりそうだ。昇っていたガスが下の方に沈んできた。1967m峰を始め、周りの山々の展望が素晴らしい。この場所は地形図でもわかる通り右側(帯広側)の斜面が緩やかになっている。そこに注意したのだ。テントを設営してしっかり固定し、中に入った。そして晩飯をゆっくり摂ってから寝た。晩方風が時々やや強くなったが何とかなった。

<地図・3D図・行程断面図>