8月17日(ビバーク地点~1967m峰~ピパイロ岳~伏美岳~伏美岳登山口・避難小屋) 天候:晴
<第3行程、国境稜線をたどりピパイロ岳へ、伏美岳を経て避難小屋へ下山>

4時前に起きた。夜半からは風がほとんどなかった。しかし何だか肌寒い。この時期にしては随分寒く感じられた。朝食とする。4:15頃には既に夜が明けて日の出が出ていた。国境稜線の夜明け、すがすがしいものであった。これまで来た1856m峰から戸蔦別岳・幌尻岳まで続いているのが見渡せる。これぞ「日高アルプス」と呼びたくなる程だ。寒くて体が鈍っていたためか出発は5:30過ぎと遅かった。目の前に迫る1967m峰を目指して行く。しばらくはアップダウンがほとんどない稜線歩きだが、すぐ山腹に取り付き急な時には岩混じりの登りとなる。しかし登りはそんなに長くなく、最後に緩やかになった所を少し行くと6:10過ぎに1967m峰の頂上に着いた。やはり展望が360度だが、ここも標識がなく針金の先にリボンで印が付いていた。目の前にピパイロ岳の屋根の様な山容が迫る。雲海が広がっており、北は芽室岳が望め南は幌尻岳・札内岳、更にはカムイエクチカウシ山まで見渡せた。

6:30過ぎに出発するが、少し行くとコースが完全にハイマツブッシュに埋まっていた。数回繰り返して確かめてみたが行けないみたいで一旦頂上に戻ってみた。すると頂上から来た道を10mばかり戻ると東方向に踏み跡が続いているのではないか。最初は関係のない北側への踏み跡を進もうとしていたのだった。そして見つけた踏み跡を進み、一気に下って行く。所々に猛烈なハイマツブッシュがあり行く手を阻む。踏み跡はあるもの肩程まであるハイマツを両手を使って掻き分けながら進んで行く。小ピークを1つ越えて行く。

ハイマツの斜面を登り詰めると7:40にピパイロ岳西峰とも思えるピパイロ岳西肩に着いた。国境稜線はこれより北に延び一気に高度を落として行く。その方向は芽室岳はもちろんその奥にある大雪山系も望めた。前方にはピパイロ岳や伏美岳・妙敷(おしき)山を望めた。ピパイロ岳まであともう少しである。8:10に出発し、見た通り緩やかな稜線を進む。ハイマツと岩峰・その基部を行ったりする。空はだんだん曇ってきた。向こうから軽装の男性1人がやって来た。彼は朝4時に伏美岳避難小屋を出発したといい、1967m峰まで行くという。又、ピパイロ岳に縦走して来た年配の男性が何とピパイロ岳頂上にビバークしたとの事だ。七ツ沼カールから稜線への登り以来約21時間振りに人に会った。

8:30過ぎにようやくピパイロ岳の頂上に着いた。ここも標識がなく1967m峰同様に木の先にリボンが付いているだけであった。だがこの様なものが付いていた。「lovely friend やすらかにねむれ 1974.7.7」と書かれているプレートだった。20年以上も前にここで遭難したのだろう。きれいな岩がたくさん置いてある頂上からはすぐ向こうに見える伏美岳や妙敷山・十勝幌尻岳はもちろん幌尻岳や戸蔦別岳、更にはエサオマントッタベツ岳・カムイエクチカウシ山といった中部日高の山々も望めた。頂上は狭くテントを張れそうな場所はほとんどない。例の年配の男性が行ったのは文字通りビバークである。

8:50にピパイロ岳を後にすると尾根道から次第にに高度を下げる。樹林帯となり道にはかなり草・笹・木が被ってはいるが、1967m峰~ピパイロ岳西肩のハイマツブッシュに比べれば何て事はない。道ははっきりしている。1つピークを越えて下って行き、下り切ると広くなった場所に着いた。9:50近くだった。ここが水場のコルで、木にペットボトルが3本ぶら下がっているので水場があると納得できる。しかし水場まで下り20分もかかる。私も水が少なくなってきたが、水取りに時間がかかる位なら伏美岳まで我慢しようと思った。又、南側にはテントを数張張れるスペースがあった。先を急ぐ。林の中を木々を掻き分けながら進むがそんなに大変でもない。だが伏美岳まで長く感じられた。なかなか着きそうにもない。時折伏美岳の姿が見えたりもした。1つピークを越えた後緩い登りが続く。樹林に覆われて余り展望が利かないのも精神的に辛い要因だろう。最後は急な登りとなった。がんがん登り、詰めはハイマツ帯となった。一登りすると男女2人がいた。その女性によると頂上は更に少し行った所だが、ここの方が展望がいいという。

更に進んで行き、3分程で伏美岳の頂上に着いた。11:30過ぎであり、丁度昼飯時であった。ここはピパイロ岳とは違い山頂標識がしっかりあった。ここでも十二分な展望で、ピパイロ岳や妙敷山はもちろん十勝幌尻岳や札内岳、更には幌尻岳や戸蔦別岳が望めた。北側には芽室岳やチロロ岳、更に大雪山系も望めた。ここまで来ればピパイロ岳はもう向こうという感じだ。そしてこれらはまさしく日高山脈の山々という感じがした。幌尻岳からようやくここまで来れた。あとは登山口に下るだけである。又、妙敷山は残念ながら夏道が通じていない。風はほとんどなく暖かくなってきたのでゴア雨具を脱いだ。昼食としたが、例の男女は昼食中に下って行った。

12:30前に出発、日高の大展望に別れを告げる様にして下りにかかった。まず緩やかな下りとなる。そして急な下りとなるが、足場の悪い土の道には所々にロープがあった。下っているうちに林間の緩やかな尾根道ちなり、しばらく続く。ガスが下りてきて小雨が降ってきた。道は随分と広いと思った。最後は急斜面のジグザグな道で、下って行くにつれて沢音が聞こえてきた。あともう少しだ。14:20近くに沢が横切っている最終水場に着いた。「最終水場」の標識があり、水はかなり冷たかった。あと僅かで登山口だ。

一気に駆け抜け14:30近くに伏美岳登山口に着いた。駐車場は広く20台位は止められそうだが、シルビア1台がいるだけだった。ピパイロ岳西肩~ピパイロ岳で会った男性のものだろう。結局私は彼に追い着かれずに登山口に戻った事になった。しかしここから「足」のある所まで最も近い所で歩いて半日もかかる。うまく彼の車に便乗できればと思った。彼の到着時刻は15:30~16:00と推定した。まだ時間があるので避難小屋まで足を運んでみる事にした。

避難小屋は歩いて5分程で着いた。大雪の忠別岳避難小屋の様な屋根が地面の方まである三角屋根で、玄関の前には流し台があり引き水がしてあった。横の方にトイレもあった。中に入るとストーブが備え付けられ、絨毯が敷かれていた。更に分厚いマットがいくつかあった。構造は2階建てになっていて、ハシゴがあった。登山者名簿を覗いてみるとシルビアの男性は地元芽室の人で、31歳との事だ。車のナンバーも「帯広56」で始まっていたし。札幌から来ている人も結構いるが、中には東京から来ていたのが数パーティーもあった。

15:30過ぎに小屋の外に出てみた。彼を待ち構えるつもりだった。16時近くに車の音が聞こえて来た。私は合図をするつもりで手を振ったりした。だが無情にもシルビアは走り去って行った。登山口まで行って待ち合わせなかったのがいけなかったのか。もう仕方ないこれから歩いても日が暮れるので結局小屋に泊まる事にした。ゆっくり休んだ後に晩飯とした。しかし寒いのは山の上だけではなかった様だ。やけに寒い。その上ガスコンロのガスもなくなった上にヘッドライトの電球も切れた。このまま手をこまねいていても仕方ないので分厚いマットをを敷き、その上に寝袋で寝た。

<地図・3D図・行程断面図>