8月12日(光小屋~百俣沢の頭~光岳登山口~釜ノ島小屋~信濃俣方面の登山口~寝水の水~大樽沢・大無間山登山口~旧登山口~朝日岳登山口~寸又峡温泉) 天候:くもり
<縦走11日目10時間もの林道歩きの末に南ア全山縦走完結!!>

早くも2時過ぎに起き、朝飯は梅味噌茶漬(梅茶漬の素と味噌を使用)としたが、ご飯はいつもの倍とした。風がもの凄く、テントが揺さぶられた。その上外はガスっていた。阿部君は小屋の方のトイレに行くのに迷ったという。3:30過ぎに周りのテントの人も動き出した。何とかテントを畳んだが、ガスがひどい上に暗くて動き辛い。その上寒い。これでは4時出発ができない。2人はとりあえず4:10過ぎに小屋の中に入り、明るくなるのを待った。小屋の大部屋と玄関との間には私と阿部君の他に年配の夫婦がいた。彼らは茶臼岳から畑薙第一ダムの方へ下るという。彼らが出発した後、4:40頃に2人は出発した。「寸又18耐」の戦いの火蓋が切られたのだ。

キャンプ地の前を通り、建設中の小屋を通り過ぎた。間もなく分岐から左手に入り、光岳への道と別れた。最初はか細い道だったが、少し登るとハイマツと岩礫帯の道となった。この辺りが日本最南端のハイマツの群落だという。風が強い上にガスが濃いのが厄介な所だ。ペンキ印に従い、忠実に道を外さぬ様にして行った。少し下ると樹林帯になり、意外と道が太くなった。一登りして下り、5:30過ぎに百俣沢の頭に着いた。指導標には信濃俣・大無間山方面とも書いてあったが、信濃俣ならともかく大無間山まではヤブと倒木のバリエーションルートである。ちなみに光岳から池口岳方面は加加森山から先はバリエーションルートとなっているそうで、それが寸又峡温泉の方まで続いているという。私が先頭を歩いて来たが、阿部君は私より5分遅れて着いた。彼が着いた所、「腰いてえ、ついて行けねえ、俺が足引っ張りそうだ」と言った。ここはピークというより林の中の分岐である。すっかり深い森で、南ア深南部といった感じであった。

5;45過ぎに出発、いきなり緩い下りとなったが、時にはジグザグな下りもあった。林の中の道で、道はわかるが所々やや草が被っていた。しばらく平坦に近い道となり、なかなか先が見えない。途中案内板があり、それによると標高がまだ2000m代だった。やがてジグザグな急な下りとなった。いよいよムギウネホツの下りだろう。ムギウネホツとは一体どういう意味なのだろうか。それはさておき、赤テープにできるだけ従って進んだ。下っていくうちに正面樹間越しに寸又川を挟んだ反対側の斜面が見え、高度が下がってきた事がわかった。しかし、足元の道は薄くなってきた。やはり利用する人が少ないためだろうか。より忠実にしっかりと道をたどって行った。更に急になり、林の中はどこでも歩けそうだった。川音が聞こえてきてあともう少しだと思ったが、まだまだ終わらなかった。尾根道となり、更に下ると川が見えてきた。最後に吊橋を渡ったが、高さがかなりあり、落ちたら大ケガでもしそうだ。

渡ってすぐに寸又川林道の光岳登山口に着いた。8時過ぎだった。吊橋の向こう側を見ると暗く、森の中に吸い込まれそうな感じがした。登山口脇にはデリカバンとエブリーの2台が駐車してあった。デリカバンは湘南ナンバーで、恐らく光小屋のご主人さんのものだろうか。というのも便ヶ島登山小屋の案内書に、光小屋管理人の自宅の電話番号が書いてあったためである。エブリーの方は建設会社の名前が入っており、新しい小屋を建設する業者のものだろう。登山口には「光岳登山口吊橋」と書かれた大きく立派な木の標識があり、その前で「ザック挙げ」を決めた。

各方面への指導標もあった。それぞれには距離も書いてあり、「光岳7.0km」、「千頭山登山口0.3km」、「寸又峡温泉まで39.9km」と書いてあった。それにしても寸又峡温泉までがあまりにも長過ぎる。気が遠くなる様な距離だ。又、千頭山とはいったいどこなのだろうと思った。後で調べてみた所、池口岳南峰から南の方に派生する尾根上にあることがわかった。しばらく水を飲んだりメモをとったりして休憩した。8:50近くになってようやく阿部君が来た。30分以上経っても来ないので大丈夫かなと内心心配していた。これまでとは違い、AM・FMラジオが良く聞こえなかった。短波に切換える。小雨が降ってきた。この日は天気が良くない様で、これから下り坂か。そうだとすればいいタイミングで縦走を行い、下りて来た事になるのか。

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9時近くになってようやく出発、寸又峡温泉に向けての長い長い林道歩きが始まった。10分位して小さな滝のある沢が流れており、その水を汲んで飲んでみた。悪くはないと思った。林道だけに非常に緩やかではあるが、少しずつ高度が上がっていて川面と比べて高くなっていくのがわかる。9:40過ぎに林道脇の高台にある長屋の様ないかにも廃屋のような小屋があった。これが釜ノ島小屋だろう。周辺の草も生い茂っていてまるで人気なかった。かつては林業で使われたのだろうか。10時頃にハイエースワゴンが光岳登山口の方に向かって来た。この林道は一般車通行止めである。そういう関係車輌も少なく、ヒッチハイクがほとんど望めないのも辛い所だ。延々と続く林道、ラジオの声が慰めか。

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10:30過ぎに林道沿いに座ってコンロを置いて昼食を取っていた年配の男性がいた。寸又峡温泉からここまで歩いて来てこれから光岳に向かうという。大樽沢辺りで1泊したのだろう。彼と別れてから先程すれ違ったハイエースワゴンが作業員を満載して戻って行った。これではヒッチハイクできるはずもない。右手の方に前衛の山々が望めていた。諸沢山辺りか。11時近くから15分少々休憩とした。林道を歩き始めて丁度2時間といった所か。休んでいる間に阿部君が来て、彼も休んだ。彼が休んでいる間に私は出発した。ここまで来れば、各々のペースで進む。2分ほど行った所に林道沿いに小さな小屋があった。私は当時これが栃沢小屋だと思った。しかし手元にある地図はガイドブック付属の11万分の1の概略図といえるものだった。というのも私が歩いている部分は持っているガイドブックには載っていない(百俣沢の頭~寝水の水)ためである。いずれにしても廃屋同然だろう。

11:30に信濃俣方面の登山口を通過した。登山口の標識こそなかったが、ガケの上の方にハシゴが見えており、多少荒れてはいるが登り口になっているのがわかった。あとで改訂されたガイドブックにはその部分も載っており、その登山口は旧光岳登山口で、そこからのアプローチは廃道になった事がわかった。林道は寸又川本流に比べてかなり高くなっており、しかも大きくカーブを描いている中に小さいカーブが連続していた。やがて大根沢を渡り、林道がまっすぐになっている所に出た。

12:15に「名水 寝水の水」と書かれた木札の所に着いた。水は半分に割った木管(いわゆるハーフパイプ(?))を伝って出ていた。寝耳に水か、文字通り突然現れた思いがけない水場だが、冷たくて旨く、ステンレス魔法瓶の分だけ汲み直した。この林道の中でも貴重な名水と言えよう。それだけにもっと汲んでおけば良かった所だが。丁度昼だし、ここで昼飯として鮭茶漬飯を食べた。12:30過ぎに阿部君も到着した。彼は地図を広げ、「実質あと25kmを切っている」と言った。

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阿部君が先に出発し、私も13時近くに出発した。しばらくは見通しの利かないくねくねした道となった。林道だけにあまり変化がなく、単調で長く感じるが、何とか自分を元気付けてひたすら歩いた。14時近くに丁度沢を渡った所で阿部君が休んでいた。私は彼に現在どこなのか尋ねると、彼は小根沢と答えた。私も疲れているのか、「え、まだここか、大樽沢までまだまだか」と思ったりした。実際小根沢は既に過ぎたかもしれないし。左側はガケ、ラジオの高校野球を聞きながら延々と歩いていく。14:30過ぎにようやく大樽沢・大無間山登山口に着いた。4台のオフロードバイクが来ていて止まっており、それぞれの人が沢水に戯れたりしていた。沢はそれ程大きくなかったが、橋のすぐ南側に「大無間山登山口」と書かれた標識があり、登り口がガレになっていて少し登った所に指導標が見えた。私もここで休憩としたが、阿部君はまだ来なかった。

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14:45過ぎに出発、ここからゴールまで更に4時間分残っている。林道の6割程を進んだが、これまでならここで丁度いい一日行程終了とといける所だ。だがこの日は最終日の上、林道は暗くなっても歩けるとあって到着時間は気にしなくてもいい。日付が変わらなければいいのだ。しばらくすると2台の原付バイクが向かってきて止まった。それぞれ荷台にザックを乗せてあり、登山者のような感じがした。私に誰にあったかを尋ね、私は4台のバイクが行った事を伝えた。15:40過ぎに大無間山旧登山口を通過した。登山口には木で柵がしてあり、通行止めである事を示していた。この旧道は廃道である。向かいには広場があり、展望台の様だ。阿部君の話では丁度ここから千頭ダムへ直接下って行った方が距離を短縮でき、まともに寸又川林道を歩き切るより1時間早く寸又峡温泉に着くという。私は広場の端の方を確認したつもりだったが、下り口がわからなかった。やはり疲れ切っていて「もう面倒臭い」と思い、そのまま林道を歩き続けた。

すぐそこの橋を渡った所にテント1張張ってあった。しかしながら、10日も歩き続けた体にとってこの林道歩きは無茶苦茶である。足がおぼつかない。旧登山口からそんなに経たないうちに、15:50近くから休憩した。1回休んで1時間歩くのが精一杯である。結局25分も休憩した。再び歩き始めた。大樽沢にいた4台のオフロードバイクが一斉に戻って来た。原付バイクの2人の男性は監視員だったのか。又、途中蛇が林道を横切って行った。一時寸又川の川底が眼下に望めた。前方に朝日岳が望め、右手側に前黒法師の方が望めてより近くなったと思った。右から枝林道が分かれていた。確かに千頭ダムへの下り口に行けるが、枝林道自体大きく蛇行しており、そちらの方に行っても時間の無駄だと思い、更に寸又川林道を進んだ。

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16:30~17時頃には弱いが夕立があった。あとはひたすらゴール目指して頑張るだけだ。17:30頃から10分程休憩したが、足の裏は痛く、体はくたびれていた。この辺りは特に大きく林道が蛇行しており、遠回りしている感じがして辛い所だ。やはりラジオの声が励みか。それとゴールが近い事と。18:10頃から約16分休憩した。突然道の両側に大きな建物があり、道がその部分だけ舗装されていて大きなゲートのある所に出た。営林署のものか。それを過ぎると再び未舗装路となったが。その様なものが合計2回程あった(と頭の中にあるが)。それで「近い、あともう少しだ」と思った。しかしそれでもまだ終わらない。

19時頃から暗くなり始めた。右手に大間ダムの明かりが見え、「近い」と思い、それが励みになった。19:15過ぎに3分程小休止し、ヘッドランプを取り出して頭に付け、点灯して歩き始めた。暗いながらも何とか道なりに歩いていった。19:45頃に小さな沢が流れている所に着いた。これまで多くの沢を渡ってきたが、確かに阿部君の言った通りにいくらでも水にあり付けられるはずだった。しかし、実際水を取りやすい沢は少なく、味も良いとは言えなかった。この小さな沢も私が汲んで飲んでみたが、温くてとても飲めるものではなく、例外ではなかった。結局汲んだ水は捨てた。寸又峡温泉まであと少しで、そこに着けばいくらでも冷たいものはあると思った。

19:50頃出発、そして20時頃にとうとう朝日岳登山口にたどり着いた。登山口の標識があり、少し進むと地面に白く「寸又峡」と矢印が書かれていた。寸又峡温泉まであと僅かとなった。ここから約200m林道を行った所にスダイコ沢があり、ガイドブックではここを水場の記号で示していた。しかし頭にはなかった様だ。矢印通りに進み、約12時間振りに再び山道に入った。ジグザグの急な下りが続くが、ヘッドランプの光で足元を照らして道を確認して慎重に進む。下って行くと尾根道の様になり、吊橋であるさんなみ猿並橋を渡って行った。この橋は光岳登山口吊橋の約2倍程の長さだろうか。ワイヤーにつかまりながら慎重に渡っていった。渡り切ると道の左右にロープが張られた遊歩道となった。急坂を一登りすると道が左右に分かれるが、そこは右手に進んだ。しばらく行くと未舗装路となり、車が何台か止まっている所に出た。

小さな沢の橋を渡り、20:30に寸又峡温泉の一角であるかじか荘・寸又峡バンガローに着いた。そこのご主人さんが現れ、私に話しかけてきた。私は南アルプス全山縦走を行い、ようやく下山した事を話した。彼は私を招き、母屋の脇のテーブルに案内してくれた。南アルプス全山縦走が完結した瞬間だった。それは「寸又18耐」のゴールのチェッカーフラッグが振られた瞬間でもあった。「制限時間」は2時間余り残した所で間に合った。8月2日にスタートし、夜叉神峠から鳳凰三山・早川尾根を越え、甲斐駒を往復して北沢峠から仙丈岳に至り、仙塩尾根から間ノ岳に周り込んで北岳・農鳥岳を往復、更に南下して塩見岳を越え、三伏峠に至った。ここまで6日間、昨年の分もやり直した。しかし真骨頂はここから先で、ひたすら南下して南部主稜線に到達し、悪沢岳を往復してから赤石岳を越え、更に南下して聖岳を越え、上河内岳・茶臼岳から更に南へ、最南端の光岳へ到達!最後は10時間の林道歩きの末に寸又峡温泉に至った。全部で10泊11日、空前絶後の単独大縦走だった。

ザックを脇に置いてくつろぐが、ご主人さんが脇にある大きな業務用冷蔵庫から麒麟淡麗生(今年登場したキリンの大ヒット発泡酒)の350ml缶を出し、私に差し出してくれた。さすがにくたびれて喉が乾いたせいか、一気に飲み干してしまった。するともう1缶差し出してくれた。南ア全山縦走達成の祝杯といった所だ。もう1缶目はゆっくりと飲んだ。食べる方であるが、この日の休憩では少しずつ副食でしのいだが、残りはほとんどなくなってしまい、祝杯に花を添えられなかったが。話では、彼の甥が岩手大学工学部の応用化学科を卒業したといい、現在は静岡県に戻って水窪にいるという。

くつろぐのもいいが、何せ10日以上も山に入りっ放しで何を隠そう風呂に入っていない。さすがに臭う。ご主人さんが「うちは商売ですからね」と言いながらも風呂の方へ案内してくれ、まずは温泉でない方で体を洗う様にとの事だった。体を洗い、さっぱりさせた。今度は温泉の方に入った。つるつるした感じで少し硫黄臭い。「温泉だな」と実感でき、11日間歩き切って疲れた体にはたまらない。いずれの浴槽も民宿並みの小ささだったが、バンガローのような別棟にあった。風呂から上がった後、最後に1人用のバンガローに案内してくれた。ザックを含めてそこに持って行った。畳が敷いてある6畳間といった所だ。南ア全山縦走の最後はこうして思わぬもてなしを受けて有難かった。この日は夜遅く、24時過ぎと下界にいるのと変わらない時間に床についた。

コースタイム
時間 地点 コ メ ン ト 高度計
4:46出発
光小屋(キャンプ指定地) 阿部君と共に出発。私が先頭になった。 計測2595m→

校正2510m

4:52通過 分岐 直進すれば光岳へ。左手に入った。ハイマツと岩礫帯の道を過ぎれば樹林帯へ。ガスが濃い。
5:33到着 百俣沢の頭 すっかり深い森。5分後に阿部君到着。左手に行けば信濃俣・大無間山方面へ。しばらく平坦な道で先が見えない。後半の下りは道が薄い。 計測2395m→

校正2335m

5:47出発
8:02到着
光岳登山口 下りきった最後に吊橋を渡った所にあった。車2台(デリカバン、エブリー)あり。大きく立派な標識の前で「ザック挙げ」!8:48に阿部君が来た。寸又峡温泉まで39.9km。いよいよ長い長い林道歩き始まる。出発して10分位の所で水を汲んだ。 計測1050m→

校正1080m

8:55出発
9:42通過 釜ノ島小屋前 高台にある廃屋のような小屋で人気はなし。10時頃向かって来たハイエースワゴンとすれ違う。10:30過ぎに昼食中の年配の男性と会う。作業員を満載してハイエースワゴンが戻って行った。
10:57から 休憩 阿部君も来て休んだ。
11:14まで
11:16通過 小さな小屋 当時これを栃沢小屋だと思った。
11:30通過 信濃俣方面

への登山口

標識こそなかったが上の方にはしごが見えたのでわかった。
12:15到着
寝水の水 林道中の貴重な名水で冷たく旨い。ここで昼食とした。12:36に阿部君も到着。彼の話では寸又峡温泉まで実質25km切ったという。
12:55出発
13:57通過 小根沢(?) 阿部君が休んでいた。結局この日阿部君に会ったのはここで最後となった。
14:33到着 大樽沢・大無間山登山口 オフロードバイク4台来ていた。大無間山登山口の標識あり。2台の原付バイクが向かって来た。
14:47出発
15:41通過 大無間山

旧登山口

旧登山口には木の柵がしてあった。展望台の奥を確認したつもりだったが下り口わからず。少し先にテント1張あった。
15:49から 休憩 4台のオフロードバイク戻ってきた。途中蛇が林道を横切った。一時寸又川が眼下に望めた。朝日岳や前黒法師岳の方も望めた。16:30~17:00頃に弱い夕立あった。
16:14まで
17:28から 休憩 足の裏は痛く体はくたびれていた。
17:38まで
18:11から
休憩 突然大きな建物が現れる事2回程。19時頃から暗くなり始め大間ダムの明かり望めた。
18:27まで
19:17から
小休止 ヘッドランプを取り出して付けた。
19:20まで
19:46から
小休止 沢水汲もうとするものの温くて諦めた。
19:51まで
20:01通過 朝日岳登山口 登山口の標識あり。ジグザグの急な下りを下り切って吊橋の猿並橋渡った。それから遊歩道となった。
20:30到着 寸又峡温泉

(かじか荘・寸又峡バンガロー)

南アルプス全山縦走完結!!苦節4年・10泊11日の大縦走に終止符を打った。ご主人さんが現れて結局お世話になる事になった。麒麟淡麗生2缶もいただいた。温泉に浸って小さいバンガローに泊る事となった。

 

現地案内地図(Mapion)は以下をクリック

光岳周辺 寸又峡温泉周辺